『山城国風土記』逸文の鴨氏伝承と『紀』天香香背男伝承の共通点を探ります。
『山城国風土記』逸文の鴨氏伝承において、賀茂建角身命は、乙訓郡「久我」を経て、愛宕郡「久我」へ至り、また、娘、玉依日売は「久我」遺称地近くの乙訓社火雷神と神婚し、加茂別雷命をもうけます。
「賀茂建角身」の名の根幹を成すのは「角」です。（山城鴨氏は、カミムスヒ系譜に属しますが、カミムスヒの子の角凝の「角」と関わるのかもしれません。）
『山城国風土記』逸文の鴨氏伝承を「角」「乙訓社火雷神」「久我」の３点からざっくりとらえると、「角」が「乙訓社火雷神」との通婚を経て「久我」地域と仲良くなった話といえるかと思います。（→『山城国風土記』逸文の鴨氏伝承と久我）（→鴨氏と乙訓の火雷神）
『紀』神代紀第9段本文「一云」に、倭文神建葉槌が天香香背男を討伐したことが記されます。
倭文神建葉槌は、カミムスヒの子の角凝の系譜に属する倭文連の神、天香香背男は、『姓氏録』にみえる天背男と同神とみられます。
この話は、角凝による天背男平定の話といえます。
ところが、「天神本紀」に天背男後裔の山背久我直がみえ、「久我」は「天背男」の拠点なので、鴨氏伝承と天香香背男伝承は、山城国乙訓を舞台とする「角」による「天背男」「久我」平定という共通構造をもつことがわかります。
また、「天神本紀」に、天背男命後裔の尾張中嶋海部直がみえ、久多神社を奉祭します。（→山城国の天背男後裔氏族）（→尾張国中島郡の天背男後裔氏族）
「久多（くた）」は、「久我」と同義と思われます。
尾張国中島郡と海部郡は南北に隣接し、中島郡は、尾張国の政治的中心地であり、海部郡は、大和葛城との深い関係が認められ、尾張連の祖神ホアカリの主要拠点という共通点を持ちます。
『山城国風土記』逸文鴨氏伝承に戻ると、鴨氏の祖神は「葛木山」を経由して山城国へ到来しており、やはり大和葛城との関係を持っています。
また、乙訓社に比定される２社の西方3kmの善峰川流域は石作連（ホアカリ後裔）の拠点ですが、尾張国中島郡にも石作連の拠点がみられます。（海部郡との郡境付近）
山城国乙訓郡「久我」周辺と尾張国中島・海部郡は、とても属性が似通っているのです。
また、『記』に、日子坐王が丹波国の玖賀耳を退治した話がみえますが、『紀』仁徳紀に「桑田玖賀姫」がみえることから、丹波国桑田郡に「玖賀（くが）」という土地があることがわかります。（→ 丹波国桑田郡と玖賀）
「玖賀」も「久我」と同義と思われます。
「久我」は、山城国乙訓郡、尾張国中島・海部郡、丹波国桑田郡にみえますが、5世紀末から6世紀初頭にかけて、丹波国桑田郡の倭彦王の即位が頓挫した後、尾張連の目子媛を妃とする継体天皇が頭角を現し、山城国乙訓郡に王宮を置いており、3地域との関係を示していることが注目されます。（→ 継体と「角（つの）」）
