『日本霊異記』(景戒編、弘仁年間(810~824)成立)は、116話からなる仏教説話集です。
116の説話(縁)は、ほぼ年代順に配列され、上巻第1縁から第4縁まで、日本仏教史の前史が描かれ、第5縁以降、日本仏教史の叙述が開始されます。
上巻第2縁に、美濃国大野郡の狐直の起源伝承がみえます。
美濃国大野郡の男が、女をナンパし、結婚して、一男を儲けましたが、女は狐でした。
程なくして、女は、子を残して去ります。
「岐都禰(きつね)」と名付けられ子は、並外れて、力持ちで、速く走ることが出来、美濃国の狐直の祖となったと記されます。(→ 美濃国大野郡の勢力)
続いて、上巻第3縁に、尾張国愛智郡片輪里において、雷神の子として生まれた男の子が元興寺の道場法師となる話がみえます。(→ 『日本霊異記』の尾張の道場法師伝承)
さらに、中巻第4縁には、上巻第2縁の子の子孫と、上巻第3縁の子の子孫が対決する話がみえます。
美濃国方県郡小川市で、「岐都禰」の玄孫にあたる三野狐という怪力の女が、川船の荷物を強奪して暮らしていましたが、尾張国愛智郡片輪里から来た道場法師の孫の女の怪力に負けて退散します。
「美濃国方県郡小川市」は、東山道の方県駅とされ、長良川に面する、岐阜県岐阜市合渡地区、もしくは、長良地区に比定されます。
(『日本歴史地名大系』(JapanKnowlegde):岐阜県:美濃国>方県郡)
2人の怪力女の対決の話は、越美山地をひかえる美濃国大野郡と、伊勢湾に臨む尾張国愛智郡に、強力な勢力が存在し、両者に接点があったことを象徴的に描いていると考えます。
また、『日本霊異記』の編纂者である景戒が、日本仏教前史を構成する4話のなかの2話に、これら2つの地域を取りあげていることに注目したいと思います。
◇ なぜ、日本仏教前史において、美濃国大野郡の狐直と尾張国愛智郡の雷神の子が重要なのか。(→ 美濃国の勢力構造)