若沼毛二俣王系譜と允恭– category –
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筑紫之米多君
『記』応神段に、若野毛二俣王の子の大郎子(亦の名は意富々杼王)について、三国君・波多君・息長坂君・酒人君・山道君・筑紫之米多君・布勢君等の祖とみえます。 筑紫之米多君は、肥前国三根郡米多郷を本拠地とする氏族であり、「国造本紀」に、「筑志米... -
『記』若野毛二俣王系譜
『記』応神段の末尾に、若野毛二俣王の系譜がみえます。 応神 ├────若野毛二俣王 ┌─大郎子(意富々杼王) 咋俣長日子王─┬─息長真若中比売 ├───────┼─忍坂之大中津比売命 └─百師木伊呂弁(弟... -
『紀』允恭紀の明石の真珠伝承
『紀』允恭紀14年9月条に、赤石(明石)の真珠の話がみえます。 允恭天皇が淡路島の狩りで獲物がたくさんいるのに不猟となり、理由を占うと島の神の祟りとわかり、「赤石の海の底の真珠を我に祀れ」と託宣されました。 ところどころの海人が海に潜りました... -
雄朝津間稚子宿禰
允恭天皇の和風諡号は、『記』に「男浅津間若子宿禰」、『紀』に「雄朝津間稚子宿禰」と記され、大和国葛上郡の地名「朝妻(あさつま)」との関係が示されます。(允恭の后の出身地、近江国坂田郡にも朝妻郷があります) 「朝妻」は、奈良県御所市朝妻を遺...
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