大物主神– category –
『紀』雄略段の少子部蜾蠃の三諸岳の神について、5世紀後半の大王臣下集団形成を視点として考察します。さらに、『記』『紀』崇神段の大物主神との関係を探ります。
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三輪山の神の変遷
三輪山西麓、奈良県桜井市三輪に鎮座する大神神社は、『延喜式』神名帳に「大神大物主神社」と記され、大和国城上郡の名神大社となっています。 『記』『紀』に、三輪山の神として次の4神がみえます。 ①少子部蜾蠃の雷神『紀』雄略②大物主神『記』『紀』崇... -
信濃国高井郡の墨坂神社
『延喜式』神名帳の信濃国高井郡に墨坂神社が記されます。 長野県須坂市の同名社2社が論社とされ、「芝宮」とよばれる墨坂神社(須坂市須坂芝宮)は、墨坂神を主神とし、建御名方命を合殿、「八幡」とよばれる墨坂神社(須坂市墨坂)は、品陀和気命・気長... -
秦酒公と少子部蜾蠃
『紀』雄略紀15年条に、秦酒公の話がみえます。 秦の民を臣連等に分散ちて、各欲の随に駈使らしむ。秦造に委にしめず。 是に由りて、秦造酒、甚に以て憂として、天皇に仕へまつる。 天皇、愛び寵みたまふ。詔して秦の民を聚りて、秦酒公に賜ふ。 公、仍り... -
少子部蜾蠃の三輪山の神
『紀』雄略紀7年7月条に「三諸岳の神」の話がみえます。 天皇、少子部蜾蠃に詔して曰はく、 「朕、三諸岳の神の形を見むと欲ふ。 〈或いは云はく、此の山の神をば大物主神と為ふといふ。 或いは云はく、菟田の墨坂神なりといふ。〉 汝、膂力人に過ぎたり... -
伊勢国多気郡麻続郷
『和名抄』伊勢国多気郡麻続郷は、三重県明和町中海(なこみ)を中心に志貴付近を含む祓川(英保3年(1083)以前の櫛田川の本流)下流域に比定されます。(『日本歴史地名大系』(JapanKnowledge):三重県:伊勢国>多気郡>麻続郷、伊勢国>多気郡>多気... -
大物主神と倭大国魂神
『紀』に、大物主神・倭大国魂神・天照大神の3神の祭祀について、次のような記述がみえます。 (崇神紀6年条) 六年に、百姓流離へぬ。或いは背叛くもの有り。 其の勢、徳を以て治めむこと難し。 是を以て、晨に興き夕までに惕りて、神祇に請罪る。 是より... -
崇神3后妃と茅渟・十市・生駒
『記』『紀』崇神段に、3人の后妃がみえ、次のような系譜が記されます。 『紀』御間城姫 ┌─ 活目入彦五十狭茅(垂仁) │ ├─ 彦五十狭茅 │ ├─ 国方姫 ├───────────┼─ 千千衢倭... -
尾張大海媛と大和国葛上郡・尾張国海部郡
『紀』に、崇神天皇の妃として尾張大海媛がみえます。(『記』は、尾張連祖意富阿麻比売と表記) 同じ崇神妃である遠津年魚眼眼妙媛に付された「一に云はく、大海宿禰女八坂天某辺といふ」という注は、尾張大海媛のものと考えられています。 尾張大海媛は... -
尾張大海媛と神八井耳
『記』『紀』に、崇神天皇の妃として尾張大海媛(尾張連祖意富阿麻比売)がみえます。 子どもは次のとおりです。 『紀』崇神 ├────────┬─八坂入彦尾張大海媛 ├─渟名城入姫 └─十市瓊入媛『記』崇神 ├────────┬─大入杵(能登... -
遠津年魚眼眼妙媛と豊城入彦・豊鍬入姫
『紀』に、崇神天皇の妃として、遠津年魚眼眼妙媛(とほつあゆめまくはしひめ)がみえます。(『記』は、遠津年魚目々微比売と表記) 遠津年魚眼眼妙媛は、『紀』に「紀伊国荒河戸畔の女」、『記』に「木国造荒河刀弁女」と記されます。(『紀』に遠津年魚...
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