吉備津彦・彦狭島・大鹿嶋– category –
『紀』孝霊系譜にみえる彦狭島について、拠点、性格、吉備との関係などを探ります。
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越中の利波臣
越中国礪波郡は、西の宝達山系の倶利迦羅山、南の五箇山、西の庄東山地と、三方を山並みに囲まれた礪波平野を郡域とします。 現在は、西端を小矢部川が流れ、東端を庄川が北流して富山湾に注ぎますが、往古は、庄川が砺波市庄川町小牧から、平野を横切って... -
豊城系譜の彦狭島
『紀』景行紀55年2月条に、彦狭嶋王についての記述がみえます。 彦狭嶋王を以て、東山道の十五国の都督に拝けたまふ。 是豊城命の孫なり。 然して春日の穴咋邑に到りて、病に臥し薨りぬ。 是の時に、東国の百姓、其の王の至らざることを悲びて、 窃かに王... -
常道仲国造の祖「建借間」
『常陸国風土記』行方郡条に、建借間(たけかしま)の話がみえます。 崇神天皇の御世に東国の荒ぶる賊の平定を命じられた建借間は、安婆の島に陣を定め、渚に旗を飾った船を並べて、7日7夜、歌舞音曲を奏で、砦に隠った賊をおびき寄せて一網打尽にし、「痛... -
播磨の牛鹿臣
『記』に、孝霊天皇の皇子の日子寤間の後裔氏族として、針間牛鹿臣がみえます。 針間牛鹿臣は、『姓氏録』右京皇別下に、宇自可臣と記され、「孝霊天皇の御子、彦狭島命の後なり」とあり、日子寤間(ひこさめま)は、彦狭島(ひこさしま)ともよばれること... -
日子寤間・日子刺肩別の後裔氏族
『記』欠史八代系譜に、孝霊天皇の皇子の日子刺肩別は、高志利波臣・豊国国前臣・五百原君・角鹿海直の祖とされ、異母弟の日子寤間は、針間牛鹿臣の祖とされます。 『記』大倭根子日子賦斗邇命 │ │ │ ├──大倭根子日子国玖琉命 │ │ │ 十市県主...
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