『記』『紀』崇神段に、三輪の大物主神祭祀の話がみえます。
大物主神の祟りによる疫病が蔓延した時に、大田田根子（オオタタネコ）という有能な祭祀者が見つけ出され、その祭祀によって平穏を取り戻したことが記されます。
大田田根子の系譜について、『記』『紀』に次のようにみえます。
僕は、大物主大神の、陶津耳命の女、活玉依毘売を娶りて、生みし子、
名は櫛御方命の子、飯肩巣見命の子、建甕槌命の子にして、僕は、意富多々泥古ぞ。
『記』
父をば大物主大神と曰す。母をば活玉依媛と曰す。
陶津耳の女なり〈亦云はく、奇日方天日方武茅渟祇の女なり〉。
『紀』
系図にすると次のとおりです。
『記』 大物主大神 ├──櫛御方命──飯肩巣見命──建甕槌命──意富多々泥古 陶津耳命女活玉依毘売 『紀』 大物主大神 ├──大田田根子 陶津耳女（奇日方天日方武茅渟祇女）活玉依媛
着眼点は3つあります。
① 『記』『紀』ともに、大物主神と「陶津耳の女（むすめ）」の神婚の系譜に大田田根子がみえ、『紀』に、大田田根子は「茅渟の陶邑」から招かれたと記されます。
「茅渟の陶邑」は、大阪府堺市南部・和泉市・岸和田市・大阪狭山市、泉北丘陵の北部に広がる陶邑古窯跡群の地であり、和泉国大鳥郡の式内社の陶荒田神社が大阪府堺市中区上之に鎮座します。（『記』は、大田田根子の出身地を「河内の美努村」と記し、河内国若江郡の御野県主神社（大阪府八尾市上之島町）付近に比定されます）
② 『紀』は、大田田根子の母の活玉依媛を陶津耳の娘と記す一方、「奇日方天日方武茅渟祇」の娘とする異伝を付記します。
「奇日方天日方武茅渟祇」という名は、「茅渟」を含むことが注目されます。
「奇日方天日方武茅渟祇（くしひがたあまひがたたけちぬつみ）」は、『記』に、大物主神と陶津耳の娘の子としてみえる「櫛御方（くしみかた）」と同一人物で、『姓氏録』に「久斯比賀多（くしひがた）」と表記され、石辺公の祖とされます。
石辺公 大国主〈古記一に云はく、大物主〉命の男、久斯比賀多命の後なり
『姓氏録』左京神別下
石辺公 大物主命の子、久斯比賀多命の後なり
『姓氏録』山城国神別
石辺公の「石辺」は、「磯部」すなわち海洋系勢力を示し、また『記』応神段にみえる「伊勢部」と同義であることから、『紀』の大物主神に並祭された日神が伊勢に移される話につながり、伊勢神宮祭祀に関与する氏族と同一勢力と思われます。
また、「奇日方」の名は、美称の「奇（くし）」＋「日像（ひかた）」、すなわち日神と推測されます。
③ 『記』『紀』崇神段には3人の后妃がみえますが、そのうちの遠津年魚眼眼妙媛（遠津年魚目々微比売）の子の豊城入彦の後裔氏族に、茅渟県主など茅渟の海洋系有力勢力が複数みえ、また、初代の伊勢内宮神の祭祀者は、豊城入彦の妹の豊鍬入姫とされます。（→ 遠津年魚眼眼妙媛と豊城入彦・豊鍬入姫）
大物主神は、『紀』神代紀第9段一書第2や「出雲国造神賀詞」から出雲の神という印象を強くうけますが、①②③をみてくると、『記』『紀』崇神段に示される属性は、一義的に茅渟であり、陶邑とともに日神を奉祭するとみられる海洋系勢力の存在が窺われ、出雲についての記述は皆無です。
『紀』雄略段に、少子部蜾蠃が捕らえたという「三諸岳の神」がみえ、注記に、大物主神との関係が記されますが、「三諸岳の神」は、「子集め」すなわち大王の臣下集団形成の神と思われます。
