『記』応神記に、応神と品它真若王の娘3人の婚姻の記述がみえます。
品陀和気命、軽島の明宮に坐して、天の下を治めき。
此の天皇、品它真若王の女、三柱の女王を娶りき。
一はしらの名は、高木之入日売命。次に、中日売命。次に、弟日売命。
〈此の女王等の父、品它真若王は、 五百木之入日子命の、
尾張連が祖、建伊那陀宿禰が女、志理都紀斗売を娶りて、生みし子ぞ〉。
系図にすると、次のようになります。
五百木之入日子 │ ┌─高木之入日売 ├───品它真若王───┼─中日売 │ │ │ └─┐│ │ └─弟日売││ │ │││ │ │││ │ 応神 尾張連祖建伊那陀宿禰──志理都紀斗売
応神は、『記』に「品陀和気命」、『紀』に「誉田天皇」と記されますが、「品陀(誉田)」は、后妃の家の名であることがわかります。
いっぽう、仁徳は、応神と中日売とのあいだの子ですが、『記』に次のような記述がみえます。
又、吉野の国主等、大雀命の佩ける御刀を瞻て、歌ひて曰はく、
誉田の 日の御子 大雀 大雀
佩かせる大刀 本吊ぎ 末振ゆ
冬木の 素幹が下木の さやさや
仁徳(大雀)が「誉田の日の御子」とよばれており、応神が「入り婿」であるのに対し、仁徳は「一族出身の王」という認識が窺われます。
◇ 品它真若王の母系は、尾張連である。(→ 品它真若王と尾張連祖建伊那陀宿禰)