尾張国海部郡・中島郡・愛智郡の交通

『日本霊異記』第27縁に、愛智郡片輪里の女の話がみえます。

女は、尾張国中島郡大領に嫁いだのですが、怪力が災いして尾張国司と問題を起こし、離縁されて故郷に戻り、草津川の河津で洗濯していたところ、再び事件が起きます。

(→ 『日本霊異記』の尾張の道場法師伝承

「草津(かやつ)川の河津」は、海部郡の萱津(草津)を指し、現在の愛知県あま市上萱津・中萱津・下萱津にあたります。

古代の伊勢湾はこの辺りまで湾入し、五条川・庄内川河口域の港津の地でした。

女の嫁ぎ先は、尾張国府の周辺と推測され、萱津より、五条川を北へ6.4km遡った、青木川との分岐点である下津(おりづ)の東方3kmにあたります。

女の出身地である「尾張国愛智郡片輪里」は、名古屋台地が熱田へ延びる中央部西縁に位置し、元興寺(名古屋市中区正木4丁目)に、女の祖父にあたる道場法師の話が伝わります。

当該地の古い小字「古渡(ふるわたり)」は、東海道の新溝駅の比定地の1つとなっています。(熱田神宮の北北西2km)

古代の東海道は、新溝駅から、萱津を経て、馬津駅(津島市)に至り、古代伊勢湾の海岸線は、萱津と馬津を結ぶ線と推測されます。

馬津の地は、港津という属性から、日光川・三宅川の河口域(愛西市勝幡町・小津町・稲沢市平和町城ノ内・城西・嫁振・嫁振東・平六)ではないかと思われます。

当該地には、式内社の売夫神社が鎮座し、また、北に接して、『紀』安閑紀2年5月条の「尾張国間敷屯倉」、『紀』宣化紀元年5月条の「尾張国屯倉」の比定地が広がります。

(→ 尾張国中島郡の売夫神社

三宅川は、国分寺(稲沢市矢合町)を経て、国府(稲沢市松下・国府宮)へ至り、その付近(稲沢市赤池・下津)で流路が辿れなくなります。

尾張国府を頂点とする、萱津に繋がる五条川水系と馬津に繋がる三宅川水系を2辺とする、大きな3角形の交通体系が窺えます。

◇ 「尾張大海媛」と関係する甚目連(高尾張宿禰)の拠点である甚目寺の外港が萱津であり、また、『尾張国風土記』逸文にみえる阿豆良神社は、五条川と青木川の分岐点(下津)の至近に鎮座しており、諸伝承の地域が当該3角形の交通体系上にある。(→ 尾張大海媛と大和国葛上郡・尾張国海部郡)(→『尾張国風土記』逸文のホムツワケ伝承

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