天村雲と角凝

『紀』神代紀第8段本文(ヤマタノオロチ神話)に、草薙剣について次のような注がみえます。

〈草薙剣、此をば倶娑那伎能都留伎と云ふ。

 一書に云はく、本の名は天叢雲剣。

 蓋し大蛇居る上に、常に雲気有り。故以て名くるか。

 日本武皇子に至りて、名を改めて草薙剣と曰ふといふ。〉

発見された時、ヤマタノオロチの上方に雲が懸かっていたため「天叢雲剣」とよばれたが、ヤマトタケルの時代に「草薙剣」と改名されたことが記されています。

『姓氏録』右京神別上に、額田部宿禰について、次のようにみえます。

明日名門命の三世孫、天村雲命の後なり。

明日名門命の神名は、右京神別上の額田部𤭖玉条、山城国神別の額田部宿禰条、摂津国神別の額田部条にみえ、摂津国神別の額田部条に「同神(角凝魂命)男五十狭経魂命之後也」とあり、次条の額田部条に「額田部宿禰同祖。明日名門命之後也」とみえることから、角凝魂命の神系に属する神と推測されます。(佐伯有清『新撰姓氏録の研究 考証篇第三』1982年、261~262頁)

「天村雲」が角凝の神系にもみられることに注目します。

◇ 枚岡神社の小字「出雲井」は、境内摂社の若宮社の傍らの井戸に因む。若宮社の祭神「天押雲根」は「天村雲」と似ており、出雲の属性も一致する。7世紀後半に春日神が成立すると、「天村雲」は春日神の神系に組み込まれたか。(→ 枚岡神社と天児屋根・天津彦根

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